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【氷川教授の「アニメに歴史あり」】第9回 アニメーション映画と湯浅政明監督

東京国際映画祭の特集「アニメーション監督 湯浅政明の世界」は、好評のうちに幕を閉じた。これに関連して文字数の都合で未発表となっていた原稿があるので、今回はそれを復元しておきたい。TBSラジオ「アフター6ジャンクション」10月18日放送分「天才アニメ監督・湯浅政明の世界を理解するための基礎知識」に氷川が出演して語った内容にも関連している。  プログラミング・アドバイザーとして参加するとき、「この作家を国際映画祭で取りあげる意味」を必ず考えている。「国際」と「映画」というキーワードを意識しているし、湯浅政明監督の場合は「アニメーション」という点を強調するようにした。この「アニメーション」とは作画のみならず、「生命のないものに生命を吹きこんで活性化する」という原点の意味である。  1963年の「鉄腕アトム」以来、急激に拡大した日本の商業アニメ文化では、「物語」「キャラクター」「テーマ」「世界観」など、文学や漫画と共通性のある点が優先的に評価されてきた。動く絵で表現するアニメーションとしての評価や語る手段は、なかなか成熟しない。作画の評価にしても、キャラクター設定への正確性や美醜よりも、本来は運動の喚起する生理や感情などが重要なはずだ。動きや色彩の変化を通じ、脳にあたえられた刺激がアニメーションならではの感興を生成する。湯浅政明監督作品を観れば、それが明白に分かる。特に注目すべきなのが「世界をメタモルフォーゼさせるアニメーション・パワー」によって「物語る」という点である。それは「映画の原点」「アニメーションの原点」とも直結している。  この話でひとつ補助線に使えるのは、「東映動画(現:東映アニメーション)系の遺伝子」である。それは「鉄腕アトム」(63)の虫プロダクション系と並んで、二大潮流を形成しているものだ。  テレビアニメ勃興期の1964年、東京ムービー(現:トムス・エンタテインメント)は人形劇団の演出家を中心にスタートしたものの、作画力を補強する必要性に迫られた。そして東映動画に所属していた楠部大吉郎がAプロダクションを設立し、東映系の人材を多く集めて同社の画づくりを受け持つことになった。これが後々、日本のアニメに「映画にしたい」という発想を多く生む源流のひとつになる。その代表作のひとつが小林治・芝山努が中心となった「ど根性ガエル」(72)で、湯浅政明監督も自身のルーツと明言している。これは1965年、藤子不二雄(当時は合作)の「オバケのQ太郎」のヒットをきっかけに定着した「生活ギャグ」を発展させたものだった。「ど根性ガエル」では空間や時間をデフォルメし、傾けたり歪めたりする効果を入れることで、「生活空間」を「アニメーションの快楽がともなう独自世界」へ高めた。  ここで注目すべきは、そうした流儀のルーツが「映画の会社・東映」にある点である。つまりシナリオ段階でシーンをきちんと設計し、それぞれに舞台装置となる美術を配置し、役者をそこに出し入れして……という「舞台装置とキャラクターのカラミが劇を生む」という発想が行き届いているのだ。その点はAプロからズイヨー、日本アニメーション、テレコムを経てジブリに至る高畑勲・宮崎駿コンビの屋台骨と共通性がある。違うのはAプロは「より自由闊達に空間をメタモルフォーゼしていく楽しさ」を追求した点だ。「漫画映画」に憧れてアニメーションをめざした湯浅政明が、その流れを継承する必然性はここにある。  70年代後半、Aプロはシンエイ動画に改組されて新たなスタートを切る(「新A」という意味)。そのとき小林治・芝山努は「亜細亜堂」を設立し、かつての「東京ムービーとAプロ」に近い関係性を構築した。そこから「ドラえもん」(79)という大ヒット作が生まれ、藤子不二雄(A、F)のマンガを多数アニメ化する中で、若手に大きなチャンスが巡ってきた。「シンエイ=亜細亜堂」というタッグの中から、「生活の描ける優秀な監督」が続々と誕生することになったのである。望月智充、本郷みつる、もりたけし、佐藤竜雄などなど……。明らかに系譜が存在し、シンエイ所属の原恵一もその流れに属している。  「生活描写」とは「一般家庭における食事や会話」が中心である。その描写が自然だからこそ、日本の家庭にすんなり受け入れられるものに化ける。「クレヨンしんちゃん」や「ちびまる子ちゃん」が長寿作品となり得た秘密も、そこにあるわけだ。  その中で、湯浅政明はどんなポジションにいたのだろうか? その空間把握やキャラクターのデフォルメは独特過ぎたため、当初は大変な苦労があったようだ。ところが「映画クレヨンしんちゃん」の初期作品で、本郷みつる監督が映画的クライマックスを志向したとき、「美術的な空間ごと場面を設計できる人材」として湯浅政明に注目したことが転機になる。この件も、「太陽の王子ホルスの大冒険」(68)で東映動画時代の高畑勲監督が若き日の宮崎駿に注目したという逸話の、リフレインのような印象を与える。  湯浅政明の「空間ごと生き生きと動かす」という才能は、映画の世界で開花した。特にここぞというシーンで周囲のものすべてをセルアニメーションに変えてしまい、動かすことで空間そのものを次々と生成する「背景動画」という手法は、「魔法」「奇跡」といった映画に求められる感情の高まりにピッタリだった。スクリーンの中にしかない世界を生み出し、観客を映画的興奮に導いたのは、湯浅政明のアニメーション・パワーだったということである。  その感動が「動く絵の興奮」である点も、非常に興味深い。サイレント時代のコメディ映画、あるいはまだキャラクターと背景の役割がそれほど分離していない最初期のアニメーション映画、それらが持つダイナミズムや現実を変容させるシュルレアリスム的幻惑感につながってるように思えるからだ。ある種の「先祖返り」であり、時代が閉塞したときに常識と思われるものをすべてひっくり返す「トリックスター」的でもある。  現在の湯浅政明監督は、その「世界を生み出す動き」を物語の核と結びつけて、次々に新しい境地を生みだし続けている。フラッシュという、境界のはっきりした線画を入念に動かすのに有利なアプリケーションがうまくフィットし、「映画に出てくるもの全部アニメーション」のような境地を獲得している。これが作家性である。  そして同時にこれは「日本らしい挑戦」でもあると考えている。なぜならば「世界をアニメーションし、物語の時空間ごと生命をあたえる」という点では、「日本発Anime」のほとんどの作品が同じ指向性をそなえているからだ。「アルプスの少女ハイジ」でも「攻殻機動隊」でも、基盤となる「世界」に生き生きとした時空間が備わっているからこそ、物語とキャラクターが特別なものに見えて忘れがたくなる。キャラクター単体の動きではなく、背景との関連性で印象を残すのだ。その「背景とキャラクター」の配分は「レイアウトシステム」でコントロールされている。湯浅政明監督はその中で、世界と人との境界線さえも融合させ、「世界をあまねくアニメーションする」という点で、独自の作品づくりをしている。だからこそ、言語を越えて世界中で高く評価されているというわけだ。  最先端の作品が、映画史の原初につながっている円環構造のような部分も含め、今回の東京国際映画祭の特集上映が湯浅政明監督作品の妙味を深く味わう契機になればと願っている。