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【氷川竜介の「アニメに歴史あり」】第2回 物語性が必要とする《線》の選択

線の味わいにこだわる作品が現れて、実に嬉しい。それは春新番組のテレビアニメ「メガロボクス」(4月5日深夜よりTBS系)のことである。古典的名作「あしたのジョー」連載開始50周年記念作品で、近未来社会を舞台に原典のエッセンスを投影した異色作だ。その「線のこだわり」も出崎統の監督デビュー作であるアニメ版第1作目「あしたのジョー」(1970)の描線と、おおいに関係がある。  アニメ版「ジョー」はボクサーのハングリー精神、情熱と闘志を鮮烈で革新的な映像で描きぬいて強い印象を残した。中でも当時最新鋭の「トレスマシン」による「線の表現」は独特のものがあった。これはスポーツ根性ものをブームにした「巨人の星」(68)の途中から導入されたものだ。ディズニーが1961年の長編「101匹わんちゃん」から電子写真技術によるコピー機(ゼロックス)を採用し、動画のラフな鉛筆線をセルへ転写し始めた潮流を受けたもので、日本ではカーボン熱転写により類似機能を低価格で実現した。  それがトレスマシンだ。文献によってはゼロックスと混同されているが、まったく別の機械である。セルと動画の間にカーボン紙をはさみ、ローラーで送って加熱すると鉛筆の黒い主線の部分がセルの裏面に焼きつく。色鉛筆のカゲ指定は転写されないので、そこはハンドトレスする。表面にトナーが付着するゼロックスに対し、マシントレスでは線が裏側につく。カーボンの盛り上がりが「堤防」になって絵の具をせきとめるため塗りやすく、作業上大きな違いがあるという。ゼロックスではカット袋からの出し入れで表面の線が剥離するが、トレスマシンではそういうことのない一方、カーボンが長期には絵の具と化学反応を起こして劣化し、茶色くなって消える。このように一長一短がある、原理の異なる技術なのだ。  古くからあるハンドトレスはセル表面にペンで動画の線を引き写す古典的な手法で、均質で滑らかなアウトライン(主線)となる。線の切れているところには微細な入り抜けがあって、綺麗なラインを引くのには熟練を要するなど、美観を重視する。そのルックと価値観は「漫画映画=子ども向け」という固定観念ともマッチしていた。