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【藤津亮太の「新・主人公の条件」】第5回 「リラックマとカオルさん」カオルさん

「リラックマとカオルさん」の主人公はリラックマではなくカオルさんだ。リラックマは“世界観”を担っているキャラクターで、ドラマ部分を受け持つのがカオルさん。「ドラえもん」の、主人公はのび太、“世界観”はドラえもんという構図と似たパターンだと思うとわかりやすい。ただしリラックマはドラえもんほど役にたたないのだけれど。

カオルさんは都内の小さな商社で働いているアラサーのOL。古い(でも雰囲気のある)アパートに、だらだらしてばかりのリラックマ、いたずら好きなコリラックマ、そして掃除が得意なキイロイトリと暮らしている。
 のほほんとした雰囲気に見えて、カオルさんを取り巻く状況は結構シビアだ。第1話では、会社は業績があがらず給料カットが告げられたことに加え、花見にも、みんなが急用やドタキャンでやってこず、たったひとりでお花見をするはめになる。続く第2話では、会社後輩たちの合コンに欠員がでるも「真面目そうだし」という理由で声がかけられない(しかも、その会話をトイレの個室で聞いてしまう)。第5話では親(さくらんぼ農家)から電話がかかってきて、「仕事なんて辞めて、地元に帰ってこい」といわれたりもする。
 その一方で、カオルさん自身も結構ヤラカシている。第6話では、あやしい占い師にノセられて、5万円の数珠を買ってしまう(当然偽物)。第7話では、以前から魅力的だと思っていた宅配便のお兄さんに会うために、ダイエットグッズを毎日1つずつ通販で購入するという暴挙に出る。

カオルさんを見ていて「大変そうだな」と感じるのは、仕事にせよ、恋愛にせよ、趣味にせよ、「コレ」というものがなく、漠然としているところだ。ほしいもの、執着したいものに具体的なイメージがないから、「アヤシゲなきのこを食べたら変われるかもしれない」とか「宅配便を頼めばお兄さんに会える」とか斜め上の方向に努力してしまう。カオルさんが周囲となんとなく歯車が合わないのも、これが理由だろう。カオルさんはまず自分の欲望がどこにあるか、自分は何がほしいのかをしっかり確かめるところから始めたほうがいい。

こうして考えてみると、カオルさんという主人公は「主人公らしい主人公」へのアンチテーゼということができる。多くの主人公は、物語の中で変化・成長していくものだし、変化しないタイプの主人公というのは、大概ヒーローだ。カオルさんは、そのどちらにもあてはまらず、普通のまま日々の生活を送っている。
 ここでふと気づかされるのは、人間というものは、物語の登場人物のようになにかをきっかけにして突然、変化・成長するわけではないということだ。むしろ日々の生活の中で少しずつ変わっていくことのほうが多い。ちょうど季節が移り変わるように。
 ここで視聴者は本作が季節の移り変わりを描いた1年間の物語であることの意味に気付かされる。季節が変わるように、きっとカオルさんも変わっていくのだ。これまでもこれからもそうであったように、マイペースで暮らしながら。そういう意味で、カオルさんはとても等身大な主人公なのである。

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