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【かねやん的アニラジの作り方】第4回 テレビアニメとアニラジの関係

この記事が配信される日は5月1日。そう今日から「令和」がスタートしました。僕は昭和43年に生まれ、平成3年3月法政大学を卒業、平成3年4月ラジオ大阪に入社、平成30年12月ラジオ大阪を退社。平成31年1月株式会社ベルガモを創業しましたので、おおよそ僕にとって「昭和」は学生時代、「平成」はサラリーマン時代、「令和」はベルガモ時代となります。「令和」は僕にとってどんな時代になるのか、皆さんもわくわくするような気分で今日を迎えたのではないでしょうか。

さて、このコラムも4回目。前回 はインターネットの出現がアニラジにどういう影響を与えたのかについて書きました。このコラムもそうですが、会社を創業し、この4カ月間、自分がやってきたことを見つめなおすいい機会になっています。発見もありました。インターネットラジオのサービスを展開している会社として勿論、文化放送や響、音泉、それにラジオ関西から独立創業した植木(雄一郎)君の会社、シーサイド・コミュニケーションズがあることは知っていましたが、今回失礼ながらセカンドショットさんやあみあみさん、MFSさんなどアニラジを生業としている会社がこんなにあるなんて初めて知りました。「かねやん、この番組あみあみっぽい」とリスナーにいわれ、「はっ?」。
 僕がこれまでいた民放AMラジオ局は、現存するラジオ局では1963年に開局した茨城放送と栃木放送以来、55年以上新規参入のない業界にいましたので、どんどん新規参入してアニラジが活性化していくのは素晴らしいことだと思います。これも広い意味でインターネットのおかげです。さらに最近相次いで登場しているスマホの音声コンテンツ配信アプリは成長によってはこれまでの常識では考えられない音声コンテンツを産み出す可能性があります。平成3年にラジオ局に入社した僕にとってこの30年はビジネス的にはほぼ守勢一辺倒で悔しい思いを散々してきましたので、人生の最後には「日本が音声コンテンツ大国になり、そしてその人気コンテンツのほんのひとつでいいから僕が携わったコンテンツがある」という状況になってほしい。それが僕の「令和」にかけるおもいです。

話が脱線しました。今回のテーマは「テレビアニメとアニラジの関係」です。そもそもアニラジですからテレビアニメーションの派生物です。スポンサーであるレコードメーカーやビデオメーカーがアニメの宣伝としてそのアニメに出演している声優がパーソナリティに起用したらこれが当たり、テレビアニメのスピンオフラジオドラマなどをCD化したら売れ、さらにキャラクターソングなんていう「なんでこの作品の主人公が歌を歌うのだろう?」という突っ込みどころ満載の展開も「売れる」という錦の御旗のもと、野原にけもの道ができ、踏み固められたのちに舗装道路になるがごとく拡大してきた分野です。ですから、ラジオサイドからするとアニメがどうつくられ、どう商売してるのか、実はあまりよく知りませんでした(今でもようわかってないやろ!という突っ込みが聞こえてきそうですが)。なんとなく2010年ごろから「DVDやCDが売れなくなってる」という話が聞こえてきていました。そんなとき、ある音響制作会社の社長さんから「テレビアニメに出資してみないか」というお話をいただきました。「ゆるゆり」という作品でした。正直今までお金をもらって番組をやってたのに「なんで金を払って番組をせなあかんねん」と思いましたが、これまでアニラジをずっとやってきて、もう一歩アニメと深く関わってみよう、またこれまでお金をもらうだけだとその作品がどんなヒットしても結局それだけという関係からアニメそのものの権利を取得しようとわずかな金額でしたが参加させてもらいました。

新人女性声優4人がパーソナリティをつとめる「ゆりゆららららゆるゆり放送室」は2011年7月スタート。僕としても絶対失敗できない仕事だったので番組スタート直後からイベントやお渡し会を計画しました。アニメの評判がどうなっているのかよくわからず、イベントのチケットを売りだしてもあまり芳しいスタートではなかったのですが、イベントの開催直前になって急に売れだしあっという間に完売。ラジオではあまり経験できないタイプの「当たってる」という感覚を体験させてもらいました。以来、何作かアニメの製作委員会に少額出資させてもらい、さらに「ゆるゆり」のラジオも5年にわたって継続。今も特番などで続いています。先ほど「『売れる』という錦の御旗のもと、野原にけもの道ができ、踏み固められたのちに舗装道路になるがごとく拡大してきた分野」と書きましたが、アニメの歴史はビジネス開発の歴史だということがよくわかります。おもちゃの販売促進の道具に始まったその歴史は、映像・音楽パッケージの道具となり、配信、海外、イベントと時代に合わせてその範囲を広げてきました。そのビジネスの最前線にラジオ屋がその一端を垣間見ることができました。もうダメだもうダメだとなりながらもどんどん拡大を続けるアニメ産業、僕なんかはそのなかで必死にもがく「製作委員会」を舞台にしたアニメをつくりたいぐらい面白い経験でした。

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