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【藤津亮太の「新・主人公の条件」】第4回 「約束のネバーランド」エマ

ヒーローの条件は“選ばない”ところにある、という話を以前書いたことがある。誰を助けるか、何を解決するか。ヒーローは、そこに区別を持ち込まず、すべてを解決しようとする。「約束のネバーランド」のエマはこの言葉の通りの、“選ばない”キャラクターだ。だが、エマというキャラクターは、その思いを実行するだけの力を十分に持っているわけではない。そこがエマという主人公の特徴にもなっている。

グレイス=フィールド・ハウスは年齢も人種も様々な子供が集まる孤児院だ。この孤児院は、幼いころから子供たちを育て、6歳を過ぎた子供から適宜里親のもとへと送り出してきた。だが、その実態は“鬼”たちの食用として子供たちを育てるために設けられた「農園」だったのだ。手厚いケアも、日々のテストも、そして子供たちの面倒をみる“ママ”の愛情も全ては、質のいい食料を作り出すためのものだった。
 エマは、この孤児院で最年長の11歳。彼女は自分たちが暮らしてきたこの場所が「農園」であることを知り恐怖する。だが、それは自分が食べられることの恐怖ではない。一緒に育ってきた孤児院の子供たち(エマはみんなを“家族”と呼ぶ)が殺されてしまうことへの恐怖だった。エマは“選ばない”からこそ、他人のために怖がることができるのだ。

孤児院にはエマと同い年の仲間が2人いる。ひとりは頭もよく優しいノーマン。ノーマンは、家族が殺されることを怖れるエマに共感し、みんなで逃げる道を模索する。もうひとりは、博識でリアリストのレイ。実はレイには秘密があるのだが、ノーマンはそれを知ったうえでレイを仲間に引き入れようとする。頭も悪くなく、運動神経に優れるエマだが、脱走計画を立てるにはこの2人の協力なしにはできなかった。エマが、自分の理想を自分だけで完遂できるヒーローとは少し異なる存在であるのはここにある。
 ではエマはなぜ主人公なのか。それはノーマンやレイの心の中に「家族みんなを助ける」という理想をビルトインすることに成功したからだ。理想とは、旗を掲げられた目標地点だ。そこが心の中にはっきり定まったからこそノーマンやレイの能力は、みんなのために発揮されることになった。“理想の感染源”。それがエマが本作で果たしている大きな役割なのだ。

エマとノーマンがレイを仲間に引き入れようとした時、レイはエマに、農園の外に鬼の世界があると予測できる以上、脱走しても無駄だと告げる。これに対してエマは、ないならば外に人間の世界を作ろう、と反論する。そしてさらに「レイのおかげで今わかった。これはそういう“脱獄”なんだ」と付け加える。レイはその率直さにあきれながらも、最終的にエマを受け入れてしまう。
 自由で幸福に生きられる世界を想像すること。そういう理想論者の想像力が積み重なって世界はここまで変化してきた。エマはそんな「世界を変える小さな一歩」を、みんなで踏み出せるようにしていく主人公なのだ。

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